財務事務次官の「ばらまき合戦」説に違和感

 麻生前財務相の了承も得てあるとして、現職の財務事務次官文藝春秋誌に、各党の政策論争を「ばらまき合戦」と批判する文を載せた。表面的にはそう言えるように見えるが、政権の無為無策でコロナ禍が国民生活を疲弊させている今、批判すべきはそこではないだろう。国民生活を救済し持続可能ならしめるための財政支出は、躊躇なく実施すべきである。それをしてこなかった現政権とその下でピント外れの政策立案に当たってきた財務官僚としての自己批判こそ、すべきことと考える。

 例えば、消費税を安倍政権は2回も引き上げて5%から10%にした。その結果、税収の中で消費税が一番大きな割合を占めるに至った。しかし、それにともない法人税や高額所得者の所得税を引き下げたので、赤字財政から抜け出せていないし、その見通しすら持てていない。こうした富裕層優遇の税政策が、財政難の根本原因だ。しかも、社会保障のための消費税増税と言っておきながら、医療も介護も国民負担は重くなる一方だから、たちが悪い。

 自公の悪政に抗議せず、唯々諾々と従ってきてこんな状態を生み出してきた財務官僚としての自己批判こそ、なすべきことである。国家財政の専門家としての経験知見を生かし、政府与党から無理難題をふっかけられても、国民生活を向上させないのなら、だめなものはだめと、もの申してこそ公僕である官僚としての価値があろうというものだ。そんな勇気がないのに、こんな時だけ世間受けする「ばらまき合戦」と批判するのは、本当の憂国の士の言とはいえないだろう。コロナ禍のような本当の国難に備えて、国民生活を守るための必要な「ばらまき」が可能な財政状況にしておくのが、財務官僚の役割ではないか。政治家に一番大きな責任があるとしても、国家財政を1000兆円を超える借金をかかえた状態にした責任の相当部分を、財務官僚は担ったのだという自覚を持つべきだ。そのような反省の声こそ聞きたかった。