財界という本丸に決して向かわない維新の矛先

 総選挙で維新が自公批判票をかっさらって伸張した。安倍・菅政権の補完勢力として悪法成立に賛成し憲法改悪をけしかけたりしてきたのに、総選挙で急に野党面して、改革が不徹底だとして自公批判を展開しているように巧妙に見せた。実際は野党共闘が機能しないように反共攻撃で揺さぶり、結果として自公政権の延命に手を貸した。

 ところで維新の言う「改革」とは何を指しているのだろうか。それは、彼らが大きな勢力を有する大阪の行政を見ればわかるが、新自由主義のさらなる徹底である。

 大阪では、公務員攻撃がすさまじい。無駄が多く厚遇過ぎるとして公務員数や労働条件を徹底して削減してきた。橋下元府知事がツイッターで述べていたように、保健所や病院の削減を徹底した。それで、コロナ感染者が保健所にも医療にもアクセスできず、在宅死という惨事を招いた。人口あたりのコロナ感染死者数が全国一なのが大阪である。このことへの反省はないようだ。

 議員報酬削減などの「身を切る改革」や公務員バッシングが大衆受けするのはなぜだろうか。それは、派遣労働などの非正規雇用が労働者の4割にも上り、貧困にあえいでいるからだ。公務員の労働条件は民間準拠で決められているから、厚遇などと言える代物ではなく全労働者の平均的なものなのだが、それがうらやましく感じられるほど非正規雇用は低賃金だ。だから、本当は、非正規雇用の労働条件をアップする改革をすればいいのだが、良さそうに見えるものを引き下げることが「改革」であるかのように言うのである。そして、減らしすぎて回らなくなった公務の職場に、派遣労働者を臨時で雇い、派遣会社を儲けさせている。派遣会社に支払われる費用の7割程度しか派遣労働者には賃金として支払われないから、生活が苦しいわけである。この仕組みこそ「改革」しなければならないのだが、維新はこの「ピンハネ」で潤う派遣会社の既得権は決して問題にしない。逆に、正規雇用を既得権扱いし、いっそうの不安定雇用と労働条件劣悪化を拡大することが、成長のための「改革」だとするのである。大手人材派遣会社パソナ会長で新自由主義徹底すべき論者の竹中平蔵氏の考えを、政治上実践しようとしているのが維新である。コロナでパソナに派遣を大量発注した大阪市が、「パソナ市」と揶揄される所以である。派遣労働解禁で労働条件切り下げに成功し、大もうけしている財界の既得権という本丸に矛先を向けさせず、身近な公務員バッシングをすることで、国民の目を曇らせているのである。維新のいう「身を切る改革」とは、国民のセーフティネットである保健所や医療、公衆衛生、介護、生活保護などを切り捨てることだということに気がつくように、声を大にして言っていかなくてはならない。

 過剰に分配されている財界という本丸に矛先が向かないよう、煙幕代わりの「敵」をあれこれ作りだし、「改革者」ぶる維新の手法を暴露・批判していかなければ、成長は望めず、貧困への競争は止まらないだろう。